是枝裕和『万引き家族【映画小説化作品】』

お題「万引き家族」

いよいよ八日、満を持して是枝裕和万引き家族』が一般公開される。私は先行上映で観たのだったが、大傑作だと思った。パルム・ドール受賞も納得の有無を言わせない出来である、と。だが、そのタイトルから万引きを美化する映画として早とちりしている方が大勢居られるようで、一部で猛烈なバッシングが行われている。そんな映画ではない。だが、この映画/小説のスジを今一度確認してから本題に入ろう。

日雇いで日銭を稼ぐ父親、クリーニング工場で働く母親、そして学校に行かず父親に指導して貰った「万引き」を行う息子、JKビジネス(早い話が風俗だ)で働く娘、年金を貰って生きる祖母……そんな、血の繋がりが皆無と言っても過言ではない家庭にある日迷い子/捨て子の女の子が拾われて来る。六人でささやかだけど幸せな家族を築く、でもその幸せは長くは続かない……というのがスジである。

虚心に読めば分かる通り、この小説/映画は万引きを美化するようなものではない。父親は息子に「万引き」を指導し、息子はその「万引き」を女の子に教えようとする。その様はダーティで、父親がのんべんだらりと「万引き」を行うのに対して息子は罪悪感を感じつつも仕事として「万引き」を手伝う。「万引き」を通してしか社会に関われない/生きられない人々の姿を描いたのがこの作品だ、と言っても良い。

キャッチーなタイトルに惹かれて「万引き」という言葉が独り歩きしているが、問題はむしろ「家族」の側にある。「家族」とはなにか? 血の繋がりよりも濃い関係、腐れ縁とでも呼ぶべき関係の儚さを描いたものとしてこの作品は成り立っているように思われる。女の子は虐待されて育ったことが明らかになる。彼女を元の親の元に返すことは幸せなことだろうか? そう考えると一筋縄では行かないことが明らかになる。この映画は他にも、現代社会に蔓延する様々な問題を告発している。年金の不正受給やプレカリアートもまたその「問題」のひとつとして挙げられるだろう。この映画が提示する「問題」は身近なものであり、かつ重い。

映画を観てしまった身から言えば、このノベライズは限界を孕んでいる。プロの作家が書いたものではないので、映像の美しさを描写で再現するといった芸当が為されていないのだ。ストーリーの骨格だけを提示した作りとなっており、悪く言えば下手。だが、そんな風に切って捨てるにはこの映画の提示する問題はあまりにも惜しい。純文学の世界からこうした作品がパッと登場しないこと、話題にならないことを考えればこの作品は文芸評論家がどう読むのか、そこに興味がある。プロの批評家の感想/批評を読んでみたいものだ。なかなか生々しく、それでいて「貧困ポルノ」に陥っていない上品さは買いだと思う。映画がまさにそうであったように。

ケイト・ブランシェットはこの映画を「Invisible」な人々の作品だと語ったという。つまり、「見えない」ことになっている人たち……市井の人々の間に紛れ込んで生きているダーティな家族の物語なのだ、と。映画を観て貰うのが一番手っ取り早いが、小説もまたそういう「Invisible」な人々の姿、貧困の中でその日その日を必死に、だけれども楽しく生きる人々の姿が描かれている。その幸福はしかし長くは続かない。ネタを割るわけには行かないので書かないが、砂上の楼閣の如く呆気なく崩れてしまい元に戻ることはない。その儚さが胸を打つ。個人的にはエミール・クストリッツァの映画にも似たペーソスを感じてしまった。

断言しても良いし、あるいは賭けても良い。この映画は社会現象を巻き起こすだろう。賛否両論分かれて、様々な議論が繰り広げられるはずだ。書評の形を採って映画の話しかしていないが、これもまたひとつの書評の形として許していただきたい。是枝裕和監督はこれまでも「家族」を描いて来た。『そして父になる』『海街diary』、そして『海よりもまだ深く』『三度目の殺人』……この作品はそうした作品群を超えた、総決算と言っても良い出来となっている。是枝監督はこの作品を超えるものは撮れないのではないか、と心配になって来る。どんなスケジュールを後回しにしてでも観ていただきたい出来となっているように思うのだ。

みんなで平等に貧しく、だとかワークシェアリングだとかいう美名の下に人々は苦しい生活を強いられている。この作品を読むと、貧困は新たなる貧困を次の世代に押しつける類のものであることが明らかになる。分かりきった話だ、と一笑に付すことが出来るだろうか? 私はそうは思わない。この映画の愚直なメッセージ、そして『誰も知らない』にも似た祝祭的な雰囲気とその崩壊を観た/読んだあとでこの映画を他人事だと嗤うことなど私には出来ない。この映画が告発する問題は、どんな「リベラル」が放つ問いよりもある意味では重い。それを確かめるためには映画を観ていただくのが一番なのだけれど、ノベライズ版も問いを提示することには成功していると思われる。多くの観衆/読者を獲得することを説に願っている。